TOPLIMIX生向け情報ゆるっと平安

 

 

ゆるっと平安

2024の大河ドラマが平安時代なので質問の多い枕草子の現代風訳をホームページ上に載せておきます
またそれ以外に日本史、古文にまつわるエピソードを思いつくままに更新
高校生は勝手に見てください

対 象

実施日

中納言参り給ひて

中納言参り給ひて

定ちゃんのお兄ちゃん、隆ちゃんが定ちゃんの部屋にやってきて
「おれ、めっちゃ珍しい扇の骨ゲットしてさー、紙貼って扇にして定子にあげようと思ったんよ。でもさー、マジ珍しくてカッケーからさ、さすがにノーマルの紙じゃダメだなー、って思ってさ、良い感じの紙探してんだよねー」
とか言ってんの超うける

「えー、どんな感じの扇の骨なの?お兄ちゃん」
って定ちゃんが聞くと
「いや、まじ珍しくてカッコよくてすげーのよ。『全く見たこともない骨』って部下のみんなが言ってるし、オレもこんなパーフェクトな骨見たことねーもん」
ってドヤるから
「(そんな珍しいっていうならもともと骨がない)クラゲの骨なんじゃね?骨は骨でもマジの骨だけどね」
って突っ込んでみたら
「おま・・・そのセリフまじイケてる!それオレが言ったことにしていい?マジクールだわ!」
とか横取りしようとしてドン引きしたわ。

あたしとしては、こんな返答くらい当たり前のことだし隆ちゃんがベタ誉めする理由もよくわかんないんだけど、周りの女御たちも「清ちゃんの返しも、隆さまとのやりとりも、めっちゃエモいから一字一句ちゃんと文に残しておいたほうがいいよ!」っていうもんだから書き残しておくね。しかたなくよ?しかたなく。わたしはこんなこと全然すごいことと思ってないんだからね⁉(ドヤァ)

雪のいと高う降りたるを

雪のいと高う降りたるを

雪がめっちゃ降った日にいつもならカーテン上げるのに、この日はカーテン下してストーブつけて部屋のなかでみんなでヌクヌクしてたんよ。
そしたらて定ちゃんが
「ねえねえ清ちゃん、香炉山の雪ってどんな感じかしらね?」
なんて中国の歌に出てくる山の様子をナゾナゾっぽく聞いてくるもんだから(漢詩で『カーテンを上げて香炉山の雪を見た』って書いてあったなー、って思い出してその通りにしたらエモいんじゃね?って)近くにいた後輩に窓開けさせてカーテン上げさせたのよ、香炉山は目の前にありますよ、ってな感じで。
そしたら思いのほかハマったみたいで周りの同僚に
「漢詩でそういう描写があるのは知ってるし、歌詠むときにパクったりするけどさー、リアル香炉山っぽくカーテン上げるとか私らじゃ思いつかないよねー。さっすが清ちゃん!やっぱ定子サロンにいるだけの才能あるよね!」
とか誉められちゃった。
私としては普通のことだし、これくらいで誉められても嬉しくないんだけど、一応ね、一応こういうことがあったから書いて残しておくね。
いやほんと、たいしたことないって自分では思ってるのよ?(ドヤア)

すさまじきもの

すさまじきもの

似合わず、期待外れで、テンション下がるものシリーズ。
真っ昼間に吠える犬。
春まで残ってる網代。3、4月(今の4、5月)に梅の花の着物着ているやつ。

牛が死んでる牛飼い(意味ねー笑)
赤ちゃんが亡くなってしまった出産室
火を起こさないストーブとか焚火とか
学者の家に女子ばっかり生まれてくること(紫式部ディスリか?)

方違えでわざわざ出向いたのにご馳走を出してくれない家。まして節分とか特別な日だと更にテンション下がるわー。

手紙関連

何も贈り物がついてない地方からの手紙(特産品くらい寄越せっつーの)。
地方からだけってわけでもなく、私たちが送る京都からの手紙でも受け取る地方の人たちは「なんだよ贈り物ないんかよ」って思うかもしれない。。
でもそれは、知りたいニュースがいっぱい書いてあって世の中の動きも分かるから、それだけで十分なはずなんで、こっちが贈り物つけないで手紙送るのはセーフ。

知人のところにわざわざきれにいに書いた手紙(ラブレター含む)の返事を「もうそろそろかなー、遅いなー」って待ってたら、立て文でも結び文でも、めっちゃ汚くしてぶくぶくにして、封筒の文字とかは消えている状態で、使いの者が
「先方は留守でした」とか「物忌みということで受け取り拒否されました」とか言って持って帰ってくるのは、マジでありえないほどテンションが下がるっつーの。

春の人事発表

役所の人事異動の時期に昇進できなかった人の家。
「今年は必ず昇進できる!」と聞き及んで、以前仕えていて今は別のところで仕事しているやつや、田舎に引っ込んだりしている連中が皆集まってきて、駐車場も出入りする車でごったがえしている。主が神社に祈願するときには、我も我もとお供して、主の邸宅では食べたり飲んだり大騒ぎをしている。
そうしているうちに人事異動発表が終わってしまう明け方になっても「昇進を知らせる人がきて門を叩く」ような音もしない。
「これは様子がおかしいぞ」と耳を澄ましてきいていると「オーシー」と(人事会議に出ていた)上達部が帰宅するための掛け声が聞こえてきて、どうやら会議は終わったようである。
いち早く情報を得るために前日から待機させていた下男が寒くてブルブル震えながらトボトボと歩いて帰ってくるのを「どうした、どうだった?」と尋ねることすらできない。

事情を知らない他所の人間が
「こちらの殿様はこの人事でどこの守におなりになったのですか?」と(無神経に)聞いてくるのを(何事もなかったのように)「(今まで通りの)〇〇守になりました」と答えるのも、もはやお決まりである。

主の昇進を期待していた家来たちは「まじかー、最悪だわ」とひたすら嘆く。そうやっているうちに夜が明けるのだけれど、あれほど居たたくさんの人たちも、一人二人と気づかれないように部屋から出ていって帰宅していく。
長年仕えていた人たちは、さすがにそうするわけにもいかず「来年、任官に空が出るのは△△の国だっけ、□□の国だっけ」などと指を折って数えながら、しょぼくれた顔で歩いている様子は、ほんと悲惨で見ていられないわ。

清少納言と行成

その1 行成という人物

枕草子に何度も登場する「藤原行成」という人について

まず1番目「美文字」
超絶字が上手い人として有名
三大『字が上手い人』を「三蹟」というんだけど、その1人
当時、行成が書いた紙を手に入れることは宮中の女性の憧れレベルだったらしい、字でモテるってどういうことよ。

彼の字の上手さが娘にまで影響したお話が更級日記の一説、高校古文で学ぶ可能性あり

ちなみに字が下手で有名なのは百人一首の選者、藤原定家です。

2番目「権記」
彼の日記の名前
当時の宮中の様子や政治のことも書いてあって、現存する資料として超貴重な一級資料

3番目「四納言」
道長を支えた4人の大納言のことで、彼はそのうちの1人
4人の中で出世は遅かったほう
同じ四納言の源俊賢が出世するときに、自分の後任に当時目立ってなかった行成を推薦して、それがキャリアのスタートになった
それもあって、行成は俊賢にめっちゃ感謝してる

小ネタ
行成と道長は同年同日に死ぬ
大物2人が同時に死んだから宮中は大騒ぎだったらしい
ていうより道長が大物過ぎてみんなそっちで大騒ぎで、行成のほうは結構ほったらかしだったとか。

四納言の中では、コツコツ真面目タイプ。で闇属性っぽい。清少納言が絡むとワンコ属性になります。

その2 清少納言と行成・ファーストコンタクト

清少納言の方が6歳ほど年上
彼がキャリアをスタートさせて宮中に出入りするようになった頃の話し
以下は枕草子45段から

エピ1
ある日藤原行成って人が女房と長い時間立ち話をしているところに出くわしたの。
からかってやろうと思って
「なにしてんのよ。そんなに長い時間話してたって(当時、モテ男とされていた身分がもっと高い)源扶義様とか藤原忠輔様が来たら女の人は皆そっち行っちゃうんだから、あんま調子乗んなよー」って言ったら

「いやー、まじでその通りなんで『もしそうなっても私のこと見捨てないでねー』って彼女たちに話していたとこなんすよー」
なんて上手に返してくるもんだから

風流な噂もないし外見もパッとしないフツメンって周りの人は思ってるだろうけど、こういう上手い返しができるほと頭の回転が速くて実はすごいやつって分かったから「行成って子、ただものじゃないっすよ」って定子様にも言っといたし、定子様も同じふうに行成を見ているみたい

行成もそういう私の評価を分かってくれてるみたいで、あの子やっぱ隠れイケメンだわ

その3 清少納言と行成・絶交

行成は犬属性
清少納言と親しくなってくると、頭の耳とシッポが見えてくる

エピ2
行成の仕事の1つで中宮定子に書類を渡しにいったりするんだけど、その取次ぎをとにかく清少納言ご指名に拘る。他の女房に取次ぎを頼んでも仕事自体は変わらないんだけど。

控室にいなければ探し回り、清少納言が実家に帰ってるときは実家にまで押しかけて。
ほぼストーカー状態。うーん、ちょっと年上のオネーサンさんに認めてもらって可愛がってもらったら頼りにしちゃうかなーって気持ちなんだろうか。

で、そんな行成を清少納言は「ちょっとやりすぎ」って諭すんだけど、言い合いになっちゃって最終的に行成が「そんなにいうなら、もう会わない!絶交だー!」ってキれて終わる…。行成…。

その4 清少納言と行成・仲直り

仲直りのきっかけは顔を見られたこと
当時、女性は親しくない男性には顔を見せないのが文化ってのが前提

エピ3
定子さんが旦那の一条天皇と散歩してる風景を「尊いっ…」って清少納言がキュン死している場面で、ふと見ると行成がこっちを見ているのに気づく
「ふわああああ顔を見られたっ…!」

「あんたそんなとこで何してんのよっ!」
「いやぁ女性というものは寝起きの顔が最高ってことなんで、ある女性(清少納言)の寝起きの顔を見にきたんですよ。定子様たちがくるまえから私いましたけど気づきませんでした?」

この返答が気に入ったらしく、これで目出度く仲直り。
以来、御簾の中に体を入れてお話する(要はイチャイチャしながら喋る)ほどの仲になったとさ。

でもこの2人、恋人同士にもならなかったらしいんだよね、どっちかっていうと姉弟みたいな関係っぽい。
あと凡人には仲直りしたポイントがよく分かりません。

その5 清少納言と行成・百人一首

これがラスト

百人一首の清少納言の歌
「夜をこめて鳥のそらねははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ」
この歌が作られたエピソードは行成ががっつり絡んでいる。

漢文に「鳥の鳴きまねをして見張りを騙して関所を通る」という孟嘗君という有名人のエピソードがあるのがまず前提。
清少納言が当時女性が学ぶことは可愛くないと思われていた漢文も得意で、当然行成は漢文に通じていることも前提。

以下、枕草子131段 エピ4

ある夜に行成が定子様のとこにきて夜中まで話していた。
行成が「明日は仕事があるんで帰りますね」と下がっていった。
翌日
「もっと話していたかったのに残念です。ニワトリの鳴き声に急かされちゃって。」
たくさん言葉を尽くして、更にやっぱり字がキレイだからテンション上がるってもんよ。

だからお返しに(言葉アソビも含めて)
「あんな暗い時間に鳴くニワトリなんて孟嘗君のニワトリの鳴きまねかしら(嘘の鳴きまねで帰ったのだから、もっと喋りたかったなんて嘘じゃないの?」
って返したわけよ。

そしたら返事に
「孟嘗君はそれで函谷関の見張りを騙したけど、私が言ってるのは逢坂の関所のこと(あなたと逢う関所)のことですから、もっとお喋りしたかったのはほんとですし、また逢いにいきますよ」
なーんてオシャレな返事を返してきて可愛いったらありゃしない。

だから
「夜のうちにニワトリの鳴きまねしても、逢坂の関所だって許さないわよ(そんなうまいこと言ったって、騙されないんだからね)」
てきなツンデレの返事を返してみたの。

そしたら
「逢坂の関所は(今は見張りもいないので)鳴きまねしなくても通れるから逢いにいきますよ(そちらも逢いたいでしょう?)」
って、あの有名な美文字で返事を全部くれるものだから、
行成ワンコかわいー、ってなっちゃって返事もできなくなっちゃったわよ。

ちなみにそれらの美文字の手紙は定子様の弟が「行成の筆跡!それ欲しい!超自慢できる!」って前半は持っていっちゃって。
残りの後半の返事は行成の字なら喜ぶと思って定子様に差し上げましたの。

その6 行成の出世と当時の時代背景

行成は他の四納言と比べて出世が遅かったんだけど、年齢が一番年下だから、ってのはちょっと短絡的。
(ゆるっと理解するならそれでもいいけれど)

彼の家系はお祖父ちゃん2人が摂政レベルなど、かなりの権力者で、生まれた当時はガンガン出世する可能性はあった。
けれども彼が生まれたその年に父方の祖父ちゃんは亡くなる。これだけなら父親が十分に出世していればまだまだいけるんだけど、その父親自身がまだ出世街道を走ってる最中でそこまで偉くない。どっちかっていうとお祖父ちゃんの兄弟がこのあと実権を握るので行成サイドは父親も含めてこの時点でかなり苦しい。これがワンアウト。

そしてその数年後、父親まで死んでしまう。
これでツーアウトランナーなし。
母方のお祖父ちゃんが存命で、そっちで養育されたんだけど、お祖父ちゃんからしたら嫁いだ娘のほうの孫より直系の息子の孫を先に出世させたいわけだから、どうしても行成は後回しになる。
ただ、このお祖父ちゃんが勉強面ではきちんと育てたみたいで、後の美文字とか優秀さはここで育ったとも言える。

行成に一瞬光が見えたのは、新天皇の花山天皇が従兄弟だったこと。これにより行成もようやく出世し始める。
んだけど、花山天皇は在位2年で道長サイドに騙されて出家しちゃうんだよねー(寛和の変)。はいスリーアウト!
道長サイドが完全に実権を握るので行成はしばらくアンダーグラウンド生活になる。

平安を理解する上で分かっておいたほうが良いことの1つは今回記した「父親、お祖父ちゃん(特に父方の)が力を持っている、生きていること」は出世する上で大事な要素になるってこと。
それが分かると日本史だけじゃなく古文にも生きてきます。

行成中心の記事はここまでかなぁ。
彼は他の四納言とかとも絡むんで、今後そっちで登場させます。

藤原斉信 光属性の四納言

その1 斉信という人

思いつくままに行成を書いてしまったので、四納言を先に攻めてみようかと。

藤原斉信「ただのぶ」って読みます、絶対読めないんだけど!?
日本史には関係ない人で古文もほとんど関係ないので小ネタばっかり

1「登場最多回数」
貴族男子の中で「枕草子の登場回数が最多」を誇ることでしょう。ちなみに2番は行成だと思う。
清少納言とロマンがあったかと言われると、彼の立ち位置から難しいかなと思うけども。


2「四納言」
最初は同じ四納言の公任が先に出世するんだけど最終的に抜いて四納言筆頭になる。
文化人としても一流で道長主催の漢詩の会とかには行成とともに熱心に参加した。
その態度が権力者にすり寄っているとして藤原実資の小右記の中でめっちゃ批判されている。

3「陽キャ代表」
結構お得な性格で、顔が良かったかは記述がないんだけど「生まれもよく、明るく、風流で」みたいなモテ要素満載だったらしい。だからか権力者にすり寄る様子もあんまり嫌味にならないし、機転も利くんで清少納言はそういうところを評価いていた。
「貴公子」っていう呼び名が似合うくらいキラキラしているイメージで、完全に光属性の人ですね。

4「道長との関係」
道長の娘、中宮研子の住まいが火事になったときに、すぐに自分の家を空けて避難場所にしてお世話をしたらしい。
道長はそれにめっちゃ感激して自身の日記「御堂関白記」にも書いた。

その2 清少納言と斉信 絶交

全てを研究しているわけではないので大まかに


たいてい斉信がちょっかいをかけて、それを清少納言が冷静に受け流す、それで斉信が「さっすがー」って誉める、てきなエピソードが枕草子に書いてあること。

またこいつ絶交してんな、とか思わないで!
行成の時とは状況が違うので!

清少納言の良くない噂(嘘の噂)が流れて、それを聞いた斉信が信じちゃって「とんでもねー女だな、あいつ」って一方的に絶交するところが枕草子に書かれている。
有名なのは清少納言の話題になると「袖で顔を覆って」聞きたくないと嫌がる様子。

清少納言側にも斉信の様子は耳に入るけど、身に覚えのない噂だし、内心はともかく清少納言は取り合わず静観していた。

その3 清少納言と斉信 仲直り

その後の仲直りのエピソードは枕草子78段より

使いの者がやってきて
「あなたさまに直接お伝えしたいことがありまして」
と言うので出ていってみると
「これは斉信様からのお手紙でございます。お早いお返事を」と言うのよ。

私のこと嫌いなんじゃないっけ?何の手紙よと思うけど今すぐ急いで見るほどでもない(内心はドキドキ?)と「後でお返事しますよ」と使いの者はいったん帰したの。

しばらくお喋りを続けていると、また使いの者がきて
「『返事しないならさっきの手紙を取り返してこい』って言われてしまいまして…。早くお返事ください」
とか言うわけ。

手紙を改めて見てみると、青い薄紙にとてもすっきりと字を書いてあるので、心配してた(絶交の」件ではなさそう。
手紙には漢詩が書かれててそれを和歌の上の句に見立てて下の句を答えさせたいみたい。
定子様に相談したいけど寝ちゃってるし(この漢詩は知っているからそのまま続きを書いてもいいんだけど)『女が漢詩とか笑』言われるのもイヤだし、下手な漢字で返すのも恥ずかし…でも早く返事をって急かすからもうどうしよう!
結局、その手紙の隅に墨の残りかすがついてたからそれを使って「草の庵を誰か尋ねむ」って返したのだけど、それっきり返事もこないわ、まったくもう!


この返事のすごさ解説は以下の通り
・清少納言が知っていた漢詩の続きに「草庵」という言葉が使われている。
・その草庵を使って、更に斉信が嫌っていることを含んで「どうせこっちには来てくれないでしょう」という意味の句を返した。
・元の手紙についていた墨で返事したから紙の質や字の上手さには文句がつけられない
・しかも返した句が、四納言の一人で当代随一の歌人、藤原公任が歌会で出題した下の句でしかも上の句を作れというお題のものだから斉信に今度は出題していることになる。最後に「返事がこない」ってなってるから、斉信側は上の句が思いつかず負けたということも含んでいる。

以上の点を即座に判断して返した清少納言がすごい!ってことになって斉信の誤解も解けるっていう仲直りになります。
斉信は「あの公任の歌をパクるなんてたいした大泥棒だぜ!!」って誉めるまでが78段

その4 清少納言と斉信 誉めポイント

どこの段か研究不足だけど

七夕に清少納言から「明日はどんな歌を詠みますか?」って聞いたら斉信が「4月の歌を詠むよ」と返事して、周りがぽかーん。当人2人だけが分かりあった。っていうエピソードがある。

周囲だけじゃなくて読者も訳わかんないんだけどそのあと種明かしをしています。
以前の4月に2人の会話で斉信が季節外れの七夕を題材にしたセリフを決め台詞にした時があって、清少納言が「それ季節間違ってるっしょ」って突っ込んだ出来事があったらしい。
で、七夕になったらネタにしてからかってやろうと声をかけたら斉信はちゃんと記憶してて、今度はワザと四月って答えるそとで前回のミスと入れ換えた形にしたわけです。
その記憶していたことと、うまく返答したところが清少納言に刺さったんでしょう、斉信のことをベタ褒めしてます。

他にも2人で恋愛について囲碁の言葉で隠語をつくって会話してたり、要は頭の回転が速い人が清少納言の好みなんでしょうね。

その5 斉信の妹たち

斉信は妹が何人もいたんだけど、歴史的にかなり大事な役割を果たしている。

まず、すぐしたの妹が花山天皇の奥さんとしてめっちゃ愛されます。ところが妊娠時に亡くなってしまう(当時は妊娠、出産は今よりもっと命がけ)。
愛する奥さんを亡くした花山天皇は全てにおいてヤル気をなくして、更に道長一派に唆されて天皇を辞めて出家してしまう。
そして次の天皇は道長の甥っ子になることが決定していて(一条天皇)、道長パパが関白になる。これによって道長一派が藤原氏の中でも政治の実権を握っていくことになる(寛和の変)

その後、道長サイドと甥っ子の伊周、隆家サイドで権力争いが起こります。
伊周の恋人が斉信の3番目の妹「三ノ宮」
で、退場したはずの花山天皇あらため花山院の新恋人が4番目の妹「四ノ宮」、花山院お盛ん!

伊周が自分の恋人を花山院に取られたと勘違いするわけです。怒った伊周は弟の隆家と一緒に花山院を襲撃!
引退したとはいえ、上皇に向かって矢を射るという不敬罪により伊周、隆家は失脚することになります(長徳の変)。

このように道長が権力を握るようになる過程で、斉信の妹たちは間接的に重要な役割を果たしているわけですね。
なお、四ノ宮は後に道長の愛人になります、こわっ!

藤原公任 チート能力

公任というひと

藤原公任「ふじわらきんとう」
これも読めない!
逸話が多くて古文で登場するんで聞いたことがある人はいるかもしれない。

1「三船の才」
公任はまずこれでしょう。
漢詩、和歌、楽器が当時の流行だったんだけど、全方位で一流。
百人一首にも選ばれているし、和歌の指南書を作ってるくらいだから「和歌ガチ勢」。
船、ってのは大鏡から。

道長主催文化イベントで、3つの船に分かれてそれぞれ競うっていうのが開かれて。
道長「公任、お前どの船に乗るん?」
公任「んー、和歌っすかねぇ」
で公任、和歌の船で優勝。
優勝インタビューで
「和歌じゃなくて漢詩の船に乗ってたら、もっと良い作品作れたわ、残念!」
周囲をドン引きさせたとさ。

無意識に調子乗った発言で周りをドン引きさせたりイラつかせる人いるじゃない、それが公任クオリティー。

公任その2

2「生まれもチート」
パパは当時の関白。
公任はその長男。はいチート確定。
三船の才もチート。
イケメン。公任の息子もイケメン。
どんだけだよ!

3「紫式部」
紫式部を「紫式部」って令和でも呼んでるのは公任がきっかけ。
イベントで紫式部を見かけた公任が
「ここら辺に若紫はいますか?」
って紫式部にちょっかいかける。
若紫は源氏物語の登場人物で後に光源氏の正妻になる紫の上のこと。
当時、源氏物語がリアルタイムでバズってて「光源氏のモデルは誰だ論争」が巻き起こってた。
公任は自分が光源氏のモデルの可能性あるじゃん、と調子乗って紫式部に話しかけたということ。
もはやハラスメントですよ、源氏ハラ。
このエピから、彼女を紫式部と呼ぶようになったとさ。
なお、紫式部本人は自分がそう呼ばれたことは知らないで亡くなる。

その時の紫式部はスルーの塩対応。
日記に「光源氏がその場にいないんだから若紫もいるはずないじゃん、バッカじゃねーの!?」
と書いた。
この日記で歴史上初めて「源氏物語」が文献に登場。

このハラスメントの日が11月1日なので、現在「古典の日」として国が制定しています。
なお道長も紫式部に
「源氏物語の続きまだ?まだ?」
と部屋に押しかけてるので源氏ハラアウトです!

公任3

寛和の変で道長ファミリーが実権を握った時点で公任パパは関白引退。公任がトップになる可能性もなくなる。
それでも四納言出世レースでは先頭を走るんだけど後半戦で斉信に抜かれてしまう。
流石のキラキラ公任も凹んだのか拗ねて引きこもる。

怒りの辞表を叩きつけ困った一条天皇が公任の位を一つ上げることを提案。機嫌を直す公任であったとさ。
公任チョロイなー

公任と枕草子

枕草子では公任から和歌の半分だけ送って残りを清少納言に答えさせるという話が有名かな?こういうのを連歌と言うのだけれど、抜き打ちテストみたいな感じです。
清少納言がスゴい人だし楽しんでいるみたいだから、公任も楽しんでちょっかいかけているんだけど和歌ハラスメントです。

以下、有名な106段「二月つごもりころに」

2月末、風が強く空が暗く雪がちらついている夜。
使いの者がやってきて
「公任様からお手紙でーす」
手紙には一言
「少し春ある 心地こそすれ」=【少し春っぽくなってきたね】
これは…連歌の抜き打ちテスト!
確かに今日の雰囲気に合ってるけど…これの上の句を考えるのは難題だわ!
「男性陣の部屋にはどなたがいるの?」
「○○様や△△様です」
恐れ多い人たちばっかり!これは失敗できないミッションね!

定子様に相談したいけれど今夜は一条天皇がいらして共に寝てしまわれたから相談もできない。
「なる早で返事おねしゃす!」
と急かすし、遅くて下手とかは最悪だから「もうどうにでもなれ!」と
「空寒み 花にまがへて 散る雪に」=『空が寒いので 花と見間違えるほど 舞い散る雪に】
とだけ、ふるえる字でお返事したわ。

この返事がどう評価されているか聞きたいけど怖いわー。
って思ってたら人づてに
「(同じ四納言の)俊賢様が『こんだけスゴイ返事書くんだから、やっぱり清少納言を内侍職にと一条天皇に推薦しようと思うわ』と言っていましたよ」と聞いて、ホッとしたわ。
(ていうかワタシすごくなーい?!)
以上106段

清少納言のキレッキレなところは
・公任の寄越した下の句が漢詩ベース和歌アレンジと読み取る
・返事も漢詩ベース和歌アレンジをかます
・雪を花びらに見立てる比喩=当時の和歌の流行りを取り入れる
といったとこらしい。
凡人には分からんがスゴイ!

公任クラスタに教えてもらったんだけど
公任はこの下の句を他にも何人にと送りつけて返事を求めたらしい。
で、自分の歌集にその中のベストオブ公任なやつを載せたんだとさ。清少納言のこの上の句ではなかったそうな。
やっぱ和歌ハラじゃん!

公任 逸話たくさん

古文によく登場するだけあって色々逸話が多い。

・道長兄弟とそのパパ
パパ「お前ら公任の影すら踏めないぞ、しっかりしろよ」
兄2人が何も言い返せず下を向く中
道長「影どころか公任の顔踏んづけてやるわ!クソ親父!」

・道長姉
道長の姉が天皇の正妻に選ばれず、怒って実家に引きこもっていたとき、その実家の前を通りかかって
公任「こちらの家のお嬢さんはいつ天皇の奥さんになるんですかねえええ!?」
正妻にはなれなくとも、ここの息子が後の一条天皇

・斉信
演奏会で自分の担当楽器を斉信に渡して
公任「斉信、お前これ演奏する?どうせできないだろうけど」
斉信、見事に演奏しきって公任ポカーン

・行成
四納言でサッカーしてたらボールが遠くの方へ
公任「俺はパパが偉かった人だから取りに行かなくていいよね」
4人の中で行成のパパだけが早逝してて出世してないの分かって言ってる。
もちろん行成ブチ切れ。

公任のセリフだけ切り取るとヤベーやつに見えるな。
本当は良いやつなんです、多分!

公任と百人一首

百人一首に載ってる公任の歌は
「滝の音は 絶えて久しくなりぬれど
      名こそ流れて なほ聞こえけれ」
道長主催の歌会かなんかで読んだ

当時既に枯れてしまっていた有名な滝
だけど人々がその名前を口にするから名前はまだ流れてくるね
てきな。

すごいのは、この滝跡、この句がきっかけで
「勿来の滝(なこそのたき)」と名付けられて現在もそういう地名になっているということ。
公任が聞いたら「公任滝にすればいいのに」とかドヤりそう。

息子の定頼も百人一首に載ってます
「朝ぼらけ 宇治の川霧絶えだえに 
      あらはれわたる ぜぜの網代木」

源俊賢 闇属性の四納言

その1 俊賢という人のパパ

最後の四納言、源俊賢です。
読みは「みなもとのとしかた」

藤原氏全盛期に源の苗字で出世しているの、すごくない?
あんまり多くのエピソードはないんだけど、どんな人か見てみましょう。

「パパがすごい」
この人は単体よりパパとセットのほうが良いと思う。
パパは源高明(たかあきら)
もとは天皇の息子。他の兄弟が天皇に指名されたので皇族から離れて部下として活躍します。
こういうのを臣籍降下というんだけど、そのとき天皇から新しい苗字をもらうわけ。
で、もらった苗字が「源」。
源氏、平氏とか、ああいうのの発端はこの臣籍降下なんですね。

このパパ、もと皇族だから権力も強い。
道長パパの妹を奥さんにもらって藤原氏とも仲良くやります。
でも、天皇が亡くなって後ろ立てを失う(行成のときに書いたようなこと)と、道長パパの策略で謀反の罪を被せられて失脚します(安和の変)。
自分の妹の旦那をハメるってことになるんだけど、藤原氏恐ろしすぎでしょ…

高明は太宰府に流罪、後に許されて京都に戻るけど表舞台には二度と立てなかった。流罪の時に子供を一人だけ連れて行って良いと連れていったのが幼い俊賢。
で流罪中に京都の実家が火事でなくなり、お母さんや兄弟も死んでしまうというね。不幸体質!

この高明は歌も上手くてイケメンで。天皇の息子ながら臣籍降下して源氏姓。高校生は誰かのこと思い出しません?
源氏物語の主人公、光源氏は色んな平安貴族の集合体だと思って良いんだけど、この高明もモデルの一人と言われています。

安和の変は政治事件なんだけど蜻蛉日記で触れられています。そこら辺はまた別の機会に。

その2 俊賢の妹

高明の子は俊賢と妹の明子の2人は知っておきたい。
この妹は道長の姉、詮子に預けられ育ちます。
京都に戻った後の俊賢は道長パパに養育されます。
叔父、従姉妹に面倒みてもらって感謝、ってことなんだけど。
そもそも父親を陥れた人たちだからねぇ。
そりゃ闇属性にもなるってもんですよ。

しかも妹の明子は道長の奥さんになります!でも正室扱いはされないし、6人も子供を産むんだけど、正室サイドの子供たちとは差別されて育ちます、昇進とか結婚とかね。
平安怖っ!

でもこの明子の血筋がしぶとく生き残って、母系ながら五摂家に繋がっていくところとか、歴史の面白さだと思います。

その3 俊賢の出世

藤原全盛の世で自分が生き残っていくために、内心はともかく腹を括ったのか、俊賢の政治哲学はとにかく藤原ファースト。
能力も高かったんでしょう、順調に出世します。

四納言レース序盤
公任が一抜けで出世した時に後任を誰が務めるのか、ということになる。
この時の関白はまだ道長じゃなくて兄の道隆。
道隆が俊賢に
「公任の後任なんだけど誰かオススメいる?」
「私でしょうな!」
って自己推薦して見事その座を勝ち取ることになる。

後日談が2つ
この時のことを俊賢は道隆サイド、定子サイドに感謝する。
中関白家が力を失って、周りの貴族が道長、障子サイドに近づいていく中で俊賢はギリギリまで定子サイドの味方をする。

この昇進時、公任の一つ下の位は斉信。俊賢は2つ下くらいだったらしい。俊賢の熱烈アピールを周りは知らないから、公任の後任は斉信だろうと思われていた。
人事発表の日、自信満々な斉信は「公任の後任は誰だい?」と尋ねる。よりによって俊賢に。
「わたしですよ、公任の後任」という俊賢の闇属性攻撃に顔真っ赤。そのまま帰宅して引きこもったらしい。
まぁ2年後に斉信がその職に就くんですぐ追いついたのか?

その4 俊賢と行成

四納言の中で生い立ちが不遇な行成と俊賢は闇属性同士、仲良くなる。
俊賢の昇進時に自身の後任に行成を推薦したことは以前書きました。その3とは違う昇進話です。
この時に俊賢に後任を問うたのは一条天皇。

行成はその後、俊賢を追い抜いて昇進していくのだけど、パーティーの時などに俊賢の上座には座らなかったらしい。
12歳ほど年が離れていた2人だけど仲良くて子供たちを結婚させたりしてます。

まぁね、公任と斉信がキラキラしすぎなんだよ、この4人。
女房たちにちょっかいかける気安さやキラキラしているところが枕草子に登場させやすいということを考えると俊賢はそういうタイプじゃなかったらしく、見ている限り公任のところで紹介したエピソードくらいしか登場してない。

行成も真面目タイプで女房たちから「面白くない」と不評だったらしいし、やはり闇属性といったところか。
まぁ清少納言のワンコだから登場回数は多いのだけれど。

ラスト 四納言まとめ

四納言というのは四天王みたいなもんなんだけど、古文の十訓抄にその記述があるので、現代の我々が呼んでるとかではなく公式発表てきなものです。
道長四天王ってのはまた別に4人いるのよ。こっちは武人系で後の源氏、平氏に繋がっていくのです。

また実資の小右記には
「あいつら揃いも揃って道長の手下に成り下がって、情けない奴らだ!」
とまとめてディスられています。

今後記すつもりだけど道長の手下ってことは、中宮定子、清少納言サイドにとっては敵側で。
私はそこから行成とか斉信が清少納言と恋人関係には至らなかったと思っています。
なぜ敵側の彼らが枕草子に頻繁に登場するのか、しかも好意的な書かれ方で。
ここら辺の背景が分かると枕草子の意義や紫式部のことも見えてきたりすると思います。

 

 

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